大陸系地政学の歴史
より「政治地理学」という名称を用い、体系的に政治と地理の関係について論じたのは18世紀のドイツの哲学者カントであると考えられている。この研究はドイツの経済学者リストやドイツの歴史学者トライチュケ、ドイツの地理学者フンボルト、リッターたちを経て地理学者フリードリヒ・ラッツェルによって引き継がれ、スウェーデンの政治学者ルドルフ・チェレンがさらに体系化を加えて「地政学」との名称を与え、20世紀のドイツの陸軍将校であったカール・ハウスホーファーによって国家は国力に相応の資源を得るための生存圏(レーベンスラウム)を必要とするという大陸国家系の地政学の説を唱えた。
ドイツにおいてこういった理論が集中的に発展した背景については、ドイツがヨーロッパの中央部に位置し、しばしば外国との戦争によって国土を破壊され、国家の発展がしばしば頓挫した歴史が関係していると考えられる。
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ドイツの地政学の系譜とは別に、英国や米国で発展した英米系地政学(海洋国家系地政学)の系譜が存在しており、イギリスやアメリカが中心となって発展してきた。19世紀の米国海軍将校であったアルフレッド・セイヤー・マハンはシーパワー理論を打ちたて、イギリス地理学者のハルフォード・マッキンダーはユーラシア大陸の中央部(ハートランド)を制するものが世界を制すると主張して、イギリスの立場からロシアへの対抗を説くランドパワーの理論を構築した。
後に、20世紀のアメリカの政治学者であるニコラス・スパイクマンはランドパワーとシーパワーの対立構造をすべての戦争に当てはめることは乱暴な単純化であると批判し、大陸縁辺部(リムランド)を定義した。